アハ・コラム

アート思考とデザイン思考

今回は、少し前に話題になった「デザイン思考」、そしていま話題の「アート思考」について考えます。
アートやデザインとは、何でしょうか?その違いは?これらについて説明するのは、なかなか難しいと思います。アートは、美しいのかもしれないけど、よくわからない作品。デザインは、お値段の高い商品に施された美しい外観、といったイメージでしょうか。まして、その思考法が役立つと言われても、見当がつかないと思います。美しい外観にすれば、多少は高く、多く売れるのかもしれませんが(それも正解ですが)。

今回は、一応、美大でデザインを学んだ私なりに、その違いを簡単に整理したいと思います。ただ、数ある関連書籍の定義とは異なる部分も多いと思います。ご興味を持たれたら、そうした書籍をお読みになることをお勧めいたします。また、ネット上には、同じテーマの記事もたくさんありますので、ぜひ、そちらもお読みください。

デザイン思考とアート思考の違いとは

まず、「デザイン思考」について。デザイン思考は、アメリカのIDEOというデザイン会社と、その創業者によるスタンフォード大学のdスクールを中心に広まりました。その伝道師とも言える同社のティム・ブラウン氏による「デザイン思考が世界を変える」という本を読みましたが、当時の私には、その核心を掴めませんでした。単なるメソッドではない、と説かれていたように思いますが、では何か、と問われても端的に言語化することが難しい。当時のデザイン思考は、ここが最大の弱点だったように思います。

一方の「アート思考」は、山口周さんの著書「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」あたりから、よく耳にするようになった気がします。また、アート思考=アーティストの思考、とされている方もおられますが、これだけでは、まだ理解は難しいと感じます。

デザインとは設計のこと

さて、本論です。
日本における「デザイン」は、ある時期に海外で数多くの日本人服飾デザイナーが活躍され、デザイン=洋服あたりから大衆化したのではないかと思います。その後、グラフィックデザインやプロダクトデザイン、デジタル化の発展に伴ってインターフェイスデザイン、果ては、組織デザインといった分野などへもデザインの活用が広まります。しかし、これはあくまで言葉の話で、それ以前もデザインに相当する意匠や、商業美術といった言葉はありました。何より、製造業の方であれば、設計図書の設計者欄に「Design」と書かれているのを見たことがないでしょうか。私はこの「デザイン=設計」が、デザインの役割を最も端的に表していると考えます(普通に英和辞書に書かれていますが)。

デザイン=設計は、「目的を具体化、具現化するための計画」とでも言えるでしょうか。広告にせよ、製品・商品にせよ、サービスでも、まず、その「目的」が定められます。利便性だけでなく、美しく見せること、売上を増やすことも目的です。目的とは「課題」です。すなわちデザインとは、広く「課題解決のための計画行為」と言えます。ここから、デザイン思考とは、「課題解決型の思考」と導けます。「最適化を図る」とも言えるでしょう。かつて世界を席巻した安くて丈夫な日本製品、トヨタのカイゼンは、この最たる成功例でしょう。

アートは?と!

一方のアート思考について。一般に日本ではアート=美術・芸術と解されますが、アート・サイエンス=人文・科学であるように、アートとは、広く人の「創造的な思考とその表現行為」とすべきでしょう(欧米でMuseumに美術館・博物館の区別がないように)。この「創造的な思考と表現」に必要なものは何でしょうか。もちろん、「表現力」はあった方がよいのですが、それ以前に必要なもの。
それは「違和感(?)」や「気づき(!)」です。芸術であろうとなかろうと、アートの出発点には、この「違和感」や「気づき」が必要です。これは、「課題発見」、「目的の設定」と言い換えることができます。つまり、アート思考とは、「課題発見型の思考」と導くことができます。

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課題発見が求められる時代

なぜ、いま「アート思考」が必要なのか。気候変動やAIを含むデジタル技術の進歩、SDGsなどによって、社会は大きな方向修正(グレートリセット)を迫られています。すでに教育現場では、詰込み型から思考型への転換が図られていますが、こうした時代背景によって、課題解決(デザイン)が得意だった日本企業にも課題発見(アート)が求められるようになった、とすれば、理解しやすいのではないかと思います。もちろん、アート思考の成果(課題)は、デザイン思考で解決しますし、課題解決にも気づきは必要です。やや乱暴ですが、「How(どうやるか)」や「改善(線形)」がデザインであれば、「What(何をやるか)」や「革新(非線形)」がアート、あるいは、「下請け」は主にデザイン、「脱下請け」にはアートが必要という言い方ができるかもしれません。昨今、よく聞かれる「両利きの経営」。その「知の深化」と「知の探索」は、やはりデザインとアートの関係に近いと感じます。

翻って、デザイン思考は、デザインをアートに拡張しようとした試みだったようにも思いますが、ともに大切な概念ですので、それぞれの言葉の定義に基づいて整理した方が理解しやすいように思います。では、これらの思考を、どうやって身につけるのか。例えば、右脳はアート、左脳はデザインと言えるとすれば、「好奇心」と「論理力」を育てることと、その芽を摘まないことでしょうか。「考えるフリをしていないで、手を動かせ」などと言わないこと。

美大の授業では、テーマとコンセプトという言葉がよく用いられました。当時はよく混乱していましたが、テーマが課題設定、コンセプトが課題解決の方向性(その具体化がデザイン)であったと、いまにして思います。
言葉に捉われすぎてはいけませんが、こうした視点も思考整理のひとつのヒントとして、活用されてみてはいかがでしょうか(美大卒を採用してみるのもいいかもしれません)。